腹菌類の分類学的研究


腹菌類は,従来は腹菌亜綱Gasteromycetidaeとして一群にまとめられてきたが,近年の分子系統学的研究により多系統であることが明らかになってきた.これに伴って,これまで腹菌亜綱に所属していた多様な菌群は,その系統分類学的位置の再検討が必要になっている.しかしながら,過去・現在を通して世界的に研究者数の少ない腹菌類は,未だα分類学レベルでの知見が不足しており,系統学的研究の基礎となる,種の枚挙も不十分な状況にある.そこで,特に分類学的知見の蓄積が乏しいホコリタケ科菌類およびスッポンタケ科菌類を中心に研究を進めている.現在は,主に光学顕微鏡や走査型電子顕微鏡を用いた形態学的手法により種の同定をおこなっているほか,分布学的・生物地理学的な視点から,種の分布状況の解析もおこなっている.

ホコリタケ科菌類は,日本ではこれまでに約40種が報告されているが,今後の研究の進展により,この2倍程度の種が記載されていく可能性がある.また,ホコリタケ科菌類はこれまで,温帯から寒帯にかけての冷涼な地域から多く記載されており,熱帯地域に分布する種は比較的少ないと考えられてきた.しかしながら,熱帯地域のホコリタケ科菌類の分類学的研究は大幅に遅れており,今後,多数の未記載種の発見が予測される.そこでわれわれは,日本列島と東南アジア,特にタイとインドネシアをフィールドに,ホコリタケ科菌類の種多様性の解明を進めている.

スッポンタケ科菌類は有効な分類形質が乏しく,主に外部形態の肉眼的特徴に基づいて分類がおこなわれている.このため,スッポンタケ科菌類は人為的な色彩が強い分類群であり,本科に属する菌類の自然分類体系の構築が必要である.スッポンタケ科菌類はアジアの熱帯地域や日本の暖温帯地域から多様な種が記載されているが,われわれは本科の自然分類体系を構築する第一歩として,これらの菌群について分類形質の再評価並びに分類学的位置の再検討をおこなっている.


具体的な研究課題:

(a)日本産ホコリタケ科菌類の分類学的・分布学的研究

日本列島のホコリタケ科菌類の種多様性の解明: 日本列島各地においてホコリタケ科菌類の採集調査をおこなうとともに,各地の標本庫より標本を貸借してそれらの種同定をおこない,日本列島におけるホコリタケ科菌類の種多様性の解明をめざしている.現在は特に北海道,福島県,関東地方(茨城県,千葉県,埼玉県,神奈川県),三重県,兵庫県および高知県を中心に,標本の収集と野外調査等をおこなっている.また,ノウタケ属菌については日本列島における種の分布状況を解析し,生物地理学的な視点からも考察をおこなっている.
Japonogaster属の分類学的再検討: Japonogaster属は徳島県産標本に基づき故小林義雄博士によりJ. oohashianusを基準種として設立された菌であり,今までのところ基準種1種のみが知られている.J. oohashianusはこれまでホロタイプ標本のみが知られており,本種の詳細な形態的特徴やその分類学的位置はこれまで明らかでなく,未だに実体が不明な菌のひとつである.そこで本研究では本種のホロタイプ標本の形態を観察し,本種およびJaponogaster属の分類学的位置について再検討をおこなっている.

●関連する研究結果:
 →論文等
  1)Kasuya, T. and Katumoto, K. 2006. Fungal flora in Chiba Pref., Central Japan (V). Gasteromycetes 2. Additions to the family Lycoperdaceae. Nat. Hist. Res. 9: 29-39.

  2)Kasuya, T. 2005. Notes on Japanese Lycoperdaceae. 3. The genus Calvatia in the herbarium of Hiratsuka City Museum. Nat. Envir. Sci. Res. 18: 41-46.
  3)Kasuya, T. 2004. Gasteromycetes of Chiba Prefecture, Central Honshu, Japan. I. The family Lycoperdaceae. J. Nat. Hist. Mus. Inst., Chiba 8: 1-11.
  4)Kasuya, T. 2004. Notes on Japanese Lycoperdaceae. 1: Lycoperdon umbrinoides, a tropical fungus newly found in Japan. Mycoscience 45: 298-300.
  5)Kasuya, T. 2004. Notes on Japanese Lycoperdaceae. 2. The genera Bovista and Lycoperdon in the herbarium of Hiratsuka City Museum. Nat. Envir. Sci. Res. 17: 101-106.
 →学会発表
  1)糟谷大河,勝本 謙.2006.オニフスベの学名に関する命名法的問題.2006年6月2-4日,日本菌学会50周年記念大会(千葉).ポスター発表.

  2)糟谷大河.2006.Japonogaster属(ハラタケ目,ホコリタケ科)の分類学的再検討.2006年4月22日,平成18年度日本菌学会関東支部年次大会(玉川大学).口頭発表.

(b)日本産ニセショウロ科菌類の分類学的研究

千葉県立中央博物館のニセショウロ科菌類標本の検討: 千葉県の大型菌類フロラ調査の一環として,同博物館に収蔵されている千葉県産ニセショウロ科菌類の標本について同定し,分類学的研究をおこなっている.
日本産ツチグリ属菌類の分類学的研究: 日本からは2種のツチグリ属菌類,Astraeus hygrometricusA. koreanusが報告されているが,両者の分類学的位置についてはなお再検討の余地が残されている.そこで本研究では日本全土より本属菌の標本を収集するとともに,各地の標本庫の標本を貸借して形態観察をおこない,日本産ツチグリ属菌の分類学的整理をおこなっている.

●関連する研究結果:
 →論文等
  1)Kasuya, T., Guzman, G., Ramirez-Guilen, F. and Kato, T. 2002. Scleroderma laeve (Gasteromycetes, Sclerodermatales), new to Japan. Mycoscience 43: 475-476.

(c)東南アジアにおける腹菌類の種多様性に関する研究

インドネシアのホコリタケ科菌類に関する分類学的研究: インドネシア共和国は広大な面積を有し,その自然環境も多様である.特に同国東部はアジアとオセアニアの境界をなす地域であり,ホコリタケ科菌類の分布様式と生物地理を考察する上で興味深い地域である.そこで同国生物学研究所のHerbarium Bogorienseの研究者と共同で,同標本館に収蔵されているホコリタケ科菌類,特にノウタケ属菌類の種同定をおこない,その分類学的再検討をおこなっている.その上で,インドネシアにおけるホコリタケ科菌類の種多様性を明らかにし,その分布様式の解明をめざしている.
タイ南部および同国北部における腹菌類の種多様性の解明: タイ王国南部のソンクラー県および同国北部のチェンマイ県やチェンライ県には熱帯多雨林が広く残されている.当地域はアジアにおける腹菌類の分布の"ホットスポット"と考えられ,多様な未知の菌群の存在が期待される.そこで同国のソンクラーナカリン大学およびチェンマイ大学の研究者と共同でこれらの地域の熱帯多雨林で腹菌類の採集調査をおこない,得られた菌について分類学的・分布学的研究をおこなっている.またタイ国における腹菌類のフロラはほとんど未解明の状態であるため,同国の腹菌類の種を枚挙し,その多様性の解明をめざしている.

●関連する研究結果:
 →学会発表
  1)Kasuya, T. and Retnowati, A. 2005. Four species of the genus Calvatia (Lycoperdaceae) from Indonesia. 2005.7.30-8.5, Joint Meeting of the Mycological Society of America and the Mycological Society of Japan, Hilo, Hawai'i, U.S.A. (poster presentation).

(d)日本産スッポンタケ科菌類の分類学的研究

日本産キヌガサタケ類の分類学的研究: スッポンタケ科菌類の中でも,現在は特にスッポンタケ属に属するキヌガサタケ類の分類学的整理を進めている.キヌガサタケ類は食用菌として経済的価値が高く,またその姿形から人目に触れやすい菌群である.本菌群の資源としての価値を評価する上でもその分類学的位置づけを定義することは重要である.しかしながら日本産キヌガサタケ類の分類は混沌としているため,日本全土より本菌群の標本を収集するとともに,各地の標本庫の標本を貸借してそれらの形態の観察をおこなっている.
南方熊楠の"ハドリアヌスタケ"標本の研究: 和歌山県白浜町の南方熊楠記念館には,"ハドリアヌスタケ"と呼ばれている熊楠採集の腹菌類の液浸標本が収蔵されている.この標本は故小林義雄博士によりアカダマスッポンタケPhallus hadrianiと同定されたが,形態の肉眼的特徴や綿花の塊に生えたという生態的特徴から同種とは明らかに異なり,スッポンタケ科に属する未記載種と考えられる.そこで本標本の形態を詳細に再調査し,その種同定をおこなう.
アカヒトデタケの分類学的再検討: アカヒトデタケは日本産標本に基づき,故今関六也・故吉見昭一両先生によりAseroae coccineaの学名が用意された未記載の菌である.形態的特徴から本菌は新種と考えられるが,未だに正式発表がなされていない.そこで本菌の標本を再調査し,改めて新種として有効に記載することをめざしている.

●関連する研究結果:
 →論文等

  1)糟谷大河.2004.日本より再発見されたLysurus gardneri (スッポンタケ目,アカカゴタケ科)について.日本菌学会会報 45: 39-41.  


 

左:芝生上に群生したVascellum属菌(茨城県つくば市).右:サクラの枯木上に生えたMorganella属菌(福島県いわき市)


2006.7.4 T. Kasuya

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