ホコリタケ類による芝生の病気


日本の芝生におけるホコリタケ科菌類,特にBovista属とVascellum属菌によるフェアリーリング病の発生

 芝生のフェアリーリング病とは,大型担子菌(きのこ類)が芝生上にフェアリーリング(菌輪)を描きながら子実体を形成し,フェアリーリングに沿って芝生が枯死する病気の総称である(Couch, 1995).これまで,全世界から54種類のきのこ類が,芝生にフェアリーリングを形成することが知られている(Couch, 1995).Shantz and Piemeisel (1917)は,きのこ類の芝生上でのフェアリーリング形成を,その生態的特徴から以下の3つの型に分けた:(1)芝生を枯死させるか,または芝生に致死的な悪影響を与えるもの,(2)芝生の生育を抑制するもの,(3)芝生の生育には影響を全く与えないもの.これらのうち,主に(1)と(2)の型に該当するものが,芝生のフェアリーリング病と見なされる.日本では,これまでAgaricus campestris L.: Fr., Lepista sordida (Schuml: Fr.) Sing., またMarasmius oreades (Bolt.: Fr.) Fr.などのハラタケ型きのこ類による芝生のフェアリーリング病が多数記録されてきた(Tahama, 1980; Tani, 1991).しかし近年,日本のゴルフ場芝や芝生の圃場において,ホコリタケ科菌類によるフェアリーリング病の発生例が数多く報告されるようになってきた(Tahama, 1980; Terashima et al., 2004).以下では,日本におけるホコリタケ科菌類,特にBovista属とVascellum属を原因菌とする芝生のフェアリーリング病について概観する.

 日本におけるホコリタケ科菌類による芝生のフェアリーリング病は,各地のゴルフ場等で広く植栽されている,ベントグラスAgrostis palustris Huds.,ブルーグラスPoa pratensis L.,また日本芝Zoysia matrella Merr.で記録されている.フェアリーリング病の原因菌として,Bovista aestivalis (Bonord.) Demoulin(糟谷,未発表),B. dermoxantha (Vittad.) De Toni (Terashima et al., 2004),Vascellum curtisii (Berk.) Kreisel (Terashima et al., 2004),V. pratense (Pers.: Pers.) Kreisel(糟谷,未発表)の4種のBovista・Vascellum属菌がこれまでに確認されている.これらの菌はいずれも芝生上など,イネ科植物群落内の地上に普通に発生する菌であり,日本をはじめ,世界各地に広く分布する.これらの菌は形態的に類似するが,Bovista属菌は子実体の無性基部(subgleba)を欠くか,無性基部が発達せずに小型であるのに対し,Vascellum属菌は無性基部を有し,基本体(gleba)と無性基部の間に明瞭な隔壁(diaphragm)を備える点で区別される.また,顕微鏡的には,Bovista属菌は基本体の中に弾糸(capillitium)と呼ばれる菌糸を豊富に有するのに対し,Vascellum属菌は偽弾糸(paracapillitium)を豊富に持つ点などが異なる.なお,弾糸と偽弾糸は,コットンブルー・ラクトフェノール溶液による染色で,菌糸全体が染色性(cyanophilic)を有する(弾糸)か,菌糸内部のみが染色性を有し,菌糸壁は染色されない(偽弾糸)かにより区別する.これまでに,世界からBovista属菌は40種以上が,またVascellum属菌は15種程度が記載されており,主に草地上,または砂地上などの開けた場所に分布する.

 上記のようなホコリタケ科菌類は,芝生上にフェアリーリングを描いて発生し,芝を枯死させることが多いため,Shantz and Piemeisel (1917)によるフェアリーリングの分類上,(1)芝生を枯死させるか,または芝生に致死的な悪影響を与えるものに該当し,フェアリーリング病の原因菌と見なされている.しかし,これまでこれらの菌によるフェアリーリング病に関する知見は十分に蓄積されておらず,その防除法の確立も遅れている.最近,Terashima et al.(2004)は,千葉市の芝草試験圃場において,芝生のフェアリーリング病原因菌であるB. dermoxanthaV. curtisiiの生態的特徴を調査した.この報告によると,B. dermoxanthaV. curtisiiのいずれもが,ベントグラス,ブルーグラス,および日本芝の芝生上にフェアリーリングを描いて発生し,リング周辺の芝は,それ以外の部分の芝よりも濃緑色を帯びることが明らかにされている.このことから,ホコリタケ科菌類によるフェアリーリング病の病徴として,(1)子実体の発生とフェアリーリングの形成の有無,(2)濃緑色を帯びた芝がリング状に観察されるかどうか,の2点が挙げられる.このように芝が濃緑色のリングを形成する原因は,フェアリーリングを形成するホコリタケ科菌類の菌糸が,土壌中の水分を多量に吸収して土壌中の湿度が低下することと,土壌中に菌糸がマット状に伸長して代謝が活発になるため,地温が上昇し,芝が水分ストレスおよび温度ストレスを強く受けるためであると考えられている.

 また,B. dermoxanthaV. curtisiiの菌糸は30-40℃の高温下で活発に伸長し,土壌中にはマット状の厚い菌糸層がリング状に形成される(Terashima et al., 2004).この菌糸層の周辺では,土壌中の湿度および窒素量が菌の活動により減少するため,芝の生育が抑制される.さらに,これらの菌の菌糸が芝の細根と絡み合うことで細根に傷が生じ,芝の細根に生じた傷口から菌糸が侵入して細根内に伸長し,植物体内から養分を吸収したり,植物細根の健全な表皮細胞をも破壊することが確認されている.これらの菌糸の活動により,芝の細根が致死的な影響を受け,枯死にいたるものと考えられている.

 野外におけるこれらの菌の生態観察の結果(Terashima et al., 2004)によると,B. dermoxanthaは夏季,特に気温が30℃以上の条件下で子実体を多数発生させ,また同じく夏季に濃緑色のリングを形成するのに対し,V. curtisiiは6月から11月にかけて子実体および濃緑色のリングを形成する.また,野外では,B. dermoxanthaはベントグラスとブルーグラスのみを枯死させ,日本芝は枯死させないのに対し,V. curtisiiは日本芝を枯死させた.そこで,ベントグラスと日本芝の幼苗に対してこれら2種の菌を接種したところ,B. dermoxanthaは日本芝よりもベントグラスに対する加害性が強く,一方でV. curtisiiはベントグラスよりも日本芝に対する加害性が強いことが明らかになった(Terashima et al., 2004).このように,B. dermoxanthaV. curtisiiは,芝の種類に応じて,その生態や加害性がそれぞれ異なっている可能性が高い.

 これまで,芝生のフェアリーリング病菌としては,ハラタケ類のMarasmius oreadesに代表される,いわゆる“シバフタケ”の類が注目されてきた.しかし,ホコリタケ科菌類による芝生の病害も,近年では無視できない経済的影響を与えるようになった.特に,ホコリタケ科菌類はこれまで腐生性の菌群とされ,生態的な知見の蓄積が不足していたが,芝生の細根を傷つけ,植物体内から養分を吸収するという生活様式が明らかにされるにつれて,植物病原菌の一種として位置づけられつつある.現在のところ,ホコリタケ科菌類のフェアリーリング病に対する防除法は確立していないが,今後,早急な防除法の開発が必要な分野であると考えられる.

引用文献

Couch, H. B. 1995. Diseases of turfgrasses, 3rd edn. Krieger, Malabar.
Shantz, H. L. and Piemeisel, R. L. 1917. Fungus fairy rings in Eastern Colorado and their effect on vegetation. J. Agric. Res. 11: 191-245.
Tahama, Y. 1980. On the ring of the fairy rings on turfgrasses. J. Jpn. Soc. Turfgrass Sci. 9: 133-136.
Tani, T. 1991. Color atlas of turfgrass diseases in golf courses. Soft Science, Tokyo.
Terashima, Y., Fukiharu, T. and Fujiie, A. 2004. Morphology and comparative ecology of the fairy ring fungi, Vascellum curtisii and Bovista dermoxantha, on turf of bentgrass, bluegrass, and Zoysiagrass. Mycoscience 45: 251-260.


2005.3.14 T.Kasuya

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